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占星術師たちは「その人はこれこれの運命をもつ」の「これこれ」の部分に工夫をこらします。
いちばん人をくったやり方は。
シェイクスピアの『ウィンザーの陽気な女房たち』にでてくる、ならずものだが機智に富むフォルスタッフのせりふ「これこれになるかならないかの運命をもつ」を使うCとです。
しかしそれは「明口の天気は雨か雨でないかだ」という予報とおなじで、絶対にはずれはしませんか、そんな予言や予報をきいてもなんにもなりません。
占星術の予言がはずれないようにするための第二の方法は、予言の内容をなるべくぼんやりした表現で述べるといったものです。
あまりはっきりと「何月何日に交通事故にあう運命をもつ」などといえば、この予言か当るか当らないかはその日かくればはっきりとテストでき、当らなければ大恥をかくということになります。
だから漠然と、「あなたにとって来年はちょっぴり厳しい年となるでしIりません」といったたぐいの予言をだすのです。
そして店頭にみかける星占いの本は、たいていその程度の予言にとどまっているのです。
しかしこのぐらいの情報ならもらったところで大して有難くはなく、そんな予言は毒にも薬にもならないしろものといわねばなりません。
こうしたわけで時代が進歩するにつれて予言の方はほとんど信用されなくなり、そのかわり科学的な予報や予測の方が信頼されるようになってきたのです。
1部のまとめ1部を終えるまえに、いままでの要点をまとめてみましょう。
いちばん大切なことは、推論形式には正しいものと正しくないものかあるということでした。
正しくない推論形式を使うと、せっかくいい材料を集めて前提をつくっても、そこから偽なる結論を生みだす危険があるのです。
だから、君子危うきに近よらずで、そんなものは敬遠したほうかよいのです。
さて、正しい推論形式のほうですが、これは、前提が真であれば、そこからはぜったいに偽なる結論が出ないのですから、安心して使うことができます。
しかもそれだけではなく、自由に使えるのです。
なぜなら、正しい推論形式にどんなに勝手な材料をほうりこんでも『真から偽』ということはおこりえないからです。
こうして、正しい推論形式は自由に使えろ道具です。
その証拠に、正しい推論は数学にも科学にも、そして日常の生活にも使われます。
そしてじっさい、そうした三つの分野のおのおのから実例をとりだしました。
そのうえ正しい推論形式はなお架空の世界、つまり童話やフ″タシ。
ンの世界にも使えるということを示しました。
確かに正しい推論形式は自由に使うことができる道具ですが、それだけに使い方に上手下手か生じます。
十分使いこなすにはそれだけのエ夫がいります。
推論形式を大工道具にたとえてみましょう。
大工道具に、のこぎり、かんな、のみなどかあるとすれば、推論形式にも、前件肯定式とか春風と桶屋式の推論式とか個別化の法則などかあります。
そしてのこぎり、かんな、のみをうまく使いわけねばならないのとおなじように、推論式もケースーバイーケースで使いわけねばなりません。
しかし問題はそうした使いわけをうまくやることだけではありません。
大工道具は、いい木材を用いて、いい家を建てるためのものです。
それとおなじように、推論形式も、いい材料を用いて、いい証明をおこなうためのものなのです。
推論形式としてはまちかっておらず、一見ちゃんとした理屈を述べているようにみえるけれども、実はつまらぬことしか証明していないという場合もあります。
占星術師のやりロなどがそうです。
しかしそれでは推論形式の上手な使い方とはいえないのです。
こうして推論も証明もまず正しいものでなければなりません。
しかしそれだけでは不十分で、欲をいえば、そのうえなお、有益なもの、おもしろいもの、つまり一口でいえば内容のいいものが望ましいのです。
しかし論理学にここまで要求するのは少々気の毒な気がします。
内容のいいものにするには、論理学以外の知識か必要だからです。
そしてこの部のタイトルを「よい証明」とせずに「正しい証明」としたのも、『論理的に考えること』という題名からもわかるように、この本が論理学の書物だからなのです。
推論と推理のちがい1部では証明や推論について述べました。
しかしこんどは推理について述べましょう。
推論と推理はよく似たことばで、おなじ意味で使われることもありますが、この本でははっきり区別して使いたいと思います。
推論はまえの部で述べたように、「それまではっきりしていなかった結論を、前提をもとにして、明るみに推しだしてやること」です。
そしてこれは実質的に証明とおなじものです。
しかし推理のほうは、それとちかって「理のあるところ、つまり真理を、いろいろの前提から推しはかること」です。
ここで大切なことは、「推しはかる」という点であり、これは推測ということであり、推論の場合の「推しだす」という場合の「推す」とは意味がたいそうちがいます。
つまり「推論」の場合の「推しだし」によって出てきた結論は一〇〇パーセント信頼のおける結論ですか、「推理」の結栗でてきた結論は、「推しはかり」の結果ですから、一〇〇パーセントの信頼性をもたないのです。
コナンードイルの推理小説ことばの説明はこのくらいにして、さっそく実例に入ることにしましょう。
いま説明した「推理」の意味は、「推理小説」という場合の「推理」とまったくおなしですので、推理小説から例をとることにします。
さて推理小説の古典はなんといっても、Jナンードイルのシャーロックーホームズものですから、そこからの例を使うことにしましょう。
『シャーロックーホームズの冒険』のなかの「赤毛連盟」という短篇のなかで、探偵ホームズのところへやってきた依頼者にたいし、ホームズがいきなり、「あなたは手を使う仕事をやっておられましたね」と話しかける場面があります。
相手はびっくりして、「モのとおり私は船大工だったのですが、どうしてそれがおわかりですか」と尋ねます。
するとホームズは、「あなたの右の手は、おみかけしたところ左の手よりもだいぶ大きいですね。
右手を大そうお使いになったでしょう。
じっさい筋肉かかなり発達しています」と答えます。
いまの例は推理つまり推測の典型的な例です。
しかしこうした推理はまえの部で述べた推論とは根本的にちがいます。
このことを明らかにするために、ホームズのおこなった推理をつぎのようにまとめてみましょう。
手を使う仕事を長年やっておれば、右手が左手より大きくなる。
彼の右手は左手より大きい。
乱彼は手を使う仕事を長年やっていたであろう。
ここでます記号の説明をしましょう。
ふは、∴が「ゆえにかならす」を示すのにたいし、「ゆえにおそらく」を意味します。
ですから∴の後にくる結論は「~である」といった文章であるのにたいし、その後にくる結論は「~であろう」といった推量文となります。
ところでいま述べた推理はなぜ推理であって推論ではないのでし″うか。
いいかえればなぜ∴が使われ、∴が使われていないのでしさを推論と呼んでもいいか、その場合それは正しい推論ではなくて、まちがった推論だといわねばならないといったものです。
そしてじっさいその推論は、まえにも述べた後件肯定のあやまりなのです。
推理には危険がつきものであるさてこうした後件肯定の推論は確かにあやまりではありますか、この場合は一〇〇八Iセントのあやまりという意味ではなく、一〇〇パーセント正しいということはないという意味なのです。
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